フォト
2016年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29          
無料ブログはココログ

« 2013年7月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月

続・森の匂いと煙の影と 

寝たのかどうかも分からないような状態から覚め、腕時計を見るとまだ4時前。
窓の外はうっすらと夜が明けて来ている。この寒さをしのぐには薄すぎる布団を出て、外へ。

田園。
冷たい空気と、吐く息で渦を巻く程の濃霧。
好きな時間だ。
ゆっくりと昇ってくる朝日が光のラインを作る。
放射状に伸びる光と、山の影が、濃霧によって絶妙なグラデョーションを生む。


一度でもインドを旅した人なら、こういう情景の中に、田んぼにしゃがみ込む人影も思い浮かぶだろう。でも今回に限ってはそれはなくてほっとした。

全ての芸術は自然の模倣である。というようなことを誰かが言っていたが、こういう情景に出会う度、僕はこういう瞬間を音楽にしたいんだと、確信する。いつか。




背後から何かが草を分け入る音と、荒い息が聞こえた。
いつの間にか家から100メートル以上離れ、田園風景の真ん中まできてしまった。
隠れる場所はない。
息を殺して振り返ると、身体を低く構えてゆっくりと歩み寄ってくる黒くて巨大な、彼。
どこからそんなに出てくるのかと思う程のよだれを垂らしながら、低音のうなり声をあげて、そして少し赤い目で見上げてくる。

うーん。こういう終わり方か。チベットに行く前にチベット犬に葬られる。なんという皮肉だろう。
などと思いながらも、足下にあった石をゆっくりと拾い上げようとした時、彼は僕の10メートル位手前で座り込んだ。僕の方を見ず、朝日が昇る方に背を向けて。




Dsc01747_2





拾い上げた石のやり場に困り、隠すように両手で包んだ。
ゆっくりと後ずさりし、より田園の奥へと進む。
彼もまた、ゆっくりと歩き出し、ついて来る。
どう動こうが距離が見事に均等に保たれていることに気づいた僕は、段々面白くなってきて急に走り出してみたりする。それでも彼はゆっくりとしかついて来ない。
非常に頭の良い犬だ。

そうか僕を好きになったに違いない。
昨日の仕業を謝りたいのに、きっかけが見いだせずにいるのだろう。
僕は寛大に構え、許しを与えるためにボットゥを呼ぼうと土の上に跪いた。
その瞬間、ボットゥが飛び起きる。
今までのゆらゆらとした歩き方とは別物の、その爪は強く土を掴んだ。
なんだよ、、やっぱりやるのかよ。
彼は激しいうなり声とともににじり寄ってくる。
僕は手に持っていた石を構えた。が、何か耳がおかしい。うなり声がサラウンドなのだ。
後方からもうなり声が聞こえていることに気づくには、さほど時間がかからなかった。
肩越しに後ろを見ると、明けてきた霧の中から赤茶色の毛を持つ、ボットゥの倍位の大きさの犬がいる。
これはおれがやばいのか、それとも単に犬同士の喧嘩で済む話なのか。
などと考えた記憶はあるが、軽いパニックになっていて状況がはっきり思い出せない。僕はボットゥと赤茶色の犬の狭間から抜け出すために田んぼの泥水の中に歩み行った。
赤茶色がボットゥでなく、僕を目で追ったことも覚えているし、犬や熊は下り坂が苦手。なんていう豆知識が頭に浮かんだが、下り坂なんてどこにあるんだ!と自分で突っ込んだことも覚えている。


ボットゥは見事な気合いをみせ、噛み合うことなく赤茶色の犬を追い払った。
彼は泥水に膝まで浸かっている僕を見もせず、まさに悠々と、真っ直ぐ家へ帰ってゆく。




Dsc01750



僕は笑った。泥に浸かって、一人笑っていたことを覚えている。
ボットゥは男として自分より何枚も上手だった。
振り返れば、出会いからして見事だった。





皆で朝食を食べながら田園での出来事を話すと、最後まで聞いていたババジが1人、大きくうなずきながら何か話始めた。先生が英語に訳してくれる。


君に恩を返したいと思っている魂が側にいる。君の旅路を守ってくれている。
だから危険な場所に行っても、君は守られる。
その魂からは土の匂いがする。
君からは土の匂いがしない。
君が土の匂いをかぐ度に、その魂は喜んでいる。側にいることを喜んでいるのだ。自分を思い出してもらっているかのように。
それだけは、覚えておけ。


そして彼は、カイラスにほど近い聖なる湖「マパムユムツォ」での石の拾い方も教えてくれた。
拾い方には作法があって、そうやって拾ってきた石はヒンドゥー教最高のお守りになるのだと。
もしここに戻ってくることがあったら、それを私に持ってきて欲しい。
彼はそういって、一つのマントラを授けてくれた。






ボットゥはその後顔をみせることはなく、先生と僕はカトマンズに再び帰った。






Dsc01755_2







森の匂いと煙の影と

もともと太鼓に呼び寄せられた時も、初めて「触れてしまった」時も、1日10時間以上練習していた時も、いつも、森や山がそばにいた。
いつも土の匂いがあって、太鼓に触れていることと、となりにある樹木に触れることとの境目は不思議となかった。


夜が更けてくると、そこらに濃霧が生まれて僕らに空気と水の美しい交わりをみせてくれる。
その霧は僕にとって切り裂きジャックが現れる様なおどろおどろしいものでは決してなく、朝が来ても、生き生きとそこにいて、村全体を包んでいる。優しい。
山間から朝陽が現れると、霧はその役目を終えて去っていくけれど、朝日の暖かさが身体に触れた瞬間、霧が持っていた優しさも同質のものだったことを改めて感じていた。静寂の中で。




Fog211947






こういう時、いつも思い出す光景がある。
西チベットのカイラスへ向かう準備のため、旅の中では既に馴染み深かったカトマンズに入る。カトマンズには僕が以前にも習ったタブラバヤ(インドの太鼓)の先生がいたのだけれど、今回はカイラスに行くと言うとその先生は実家に連れて行ってくれた。カトマンズから数時間。先生をバイクの後ろに乗せて、町の喧噪を抜け、山へ山へと走らせた。友人のバイクだったが、彼は僕の運転を知っていたので躊躇無く、そしてきちんと整備して貸してくれた。
実家には親戚も集まっていて、僕を大歓迎してくれた。こちらもお礼に旅の話やタブラを演奏してみせ、先生の幼なじみとのセッションも。とてもいい時間の中、夜が更けていった。



先生の実家には、真っ黒で巨大、どう猛なチベット犬がいた。ボットゥと呼ばれる彼は、なかなか僕が家に入ることを許してはくれず、お決まりの挨拶と言われたクッキーをあげても決して受け取らなかった。ものすごい剣幕でよだれを垂らしながら噛みつこうと向かってくる。先生の甥っ子が必死で紐を引っ張っていなければ、僕は門をくぐろうと頭を下げた瞬間に喉をかみちぎられていただろう。

「ふん。君は犬が嫌いなんだろ」と先生
「いいえ。僕は生まれた時から犬と一緒に暮らしていましたし、どこに行っても犬とはすぐ仲良くなれます」僕
「ふむ・・・ここまで拒否される人間は初めてだ。常に気をつけなさい。急に動かないように。医者はここから1時間行かないといないし、当然そこには輸血や手術道具などないからね」先生

動くなとか言う前に、どこかに縛り付けておいてくれ。と思ったが、甥っ子が察したか
「以前家の柱に縛り付けておいたら、怒って柱をなぎ倒したんだ。家が崩れそうになった。縛り付けてはおけないから、とにかく早く仲良くなってくれ」




僕は一晩中ゆっくりと動き、常に背後に注意し、曲がり角、壁の向こうの気配に神経を集中した。
眠る時は甥っ子の側から何があっても決して離れないという話だったので、寝る時だけは安心していいと言われた、それでもなかなか寝つけず、寝返りさえうつことが怖くてかたまっていた。




Fog71045



〜 つづく 〜





« 2013年7月 | トップページ | 2013年10月 »

レッスン情報